りおスタジオ。缶から三線が手放せなくなった話をしているところ。
平和通り。ぼくは9歳のとき、国際通りを歩いていて、お店のBGMの「島唄」で三線を知りました。
赤ちゃんのとき。酸素療法をしていました。病院のイベントは楽しかったです。音楽が大好きでした。
11歳のとき。
どこに行くときも、缶から三線をもって歩いていました。写真は、フォトグラファーの永田理恵さん撮影です。(ぼくの本
「自分をえらんで生まれてきたよ」雑誌の紹介記事ロケ)
初代の缶から三線。ヤドカリを入れて遊んでいたので錆びてしまったけど、いまも大切に飾っています。
アマミチューで缶から三線を弾いていたら、知らないおじいさんが声をかけてくれました。ぼくは町の人たちからいろいろなことを教えてもらいました。
ぼくは、コンピュータ音楽による音源制作をしています。ライブでは、缶から三線のバック音源にしています。
ぼくには「聴覚過敏」があります。音楽を聴くと、プリズムを通したみたいに、パートが分かれて聞こえます。音楽の中には、虹があります。
オリジナル曲 「暁口説」。沖縄の人の喜びがつまっている「かぎやで風」と「唐船ドーイ」をリミックスしました。
太陽や笑ゆん 月や笑ゆん
御万人すりとてぃ 虹かきやびら
沖縄の底力を、世界に伝えていきたいです。目標は、ブラジルです!
サンフランシスコのライブで、三線2丁弾きをしているところ。踊り出す人もいました。沖縄からアメリカに移民した方も来てくださいました。嬉しかったです。
ブラジルで番組をご覧になった方から、メッセージいただいて、びっくりしました。沖縄のネットワークはすごいです。ぼくの名前は「リオデジャネイロ」の「りお」です。いつかブラジルに行きます!
取材を受けると、自分はどこに向かいたいか考えられるので、楽しいです。これからも、たくさん学んで、いろいろな挑戦をしていきたいです。ゆたしくうにげーさびら!
NHKの皆さん、ご協力くださった皆さん、ご覧くださった皆さん、どうもありがとうございました。
いんやく りお